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長野地方裁判所 昭和46年(行ウ)10号 判決

原告 安斉靖夫

被告 信越郵政局長

訴訟代理人 持本健司 木暮栄一 太田陽也 村上基次 吉田宗弘 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、昭和四三年七月一〇日、被告がした三か月間俸給の月額の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の地位原告は、昭和四三年四月当時、松本郵便局(以下、松本局という。)集配課に勤務し、全逓信労働組合(以下、全逓という。)長野地区中信支部松本分会の組合員であり、集配課職場委員長の地位にもあつたものである。

2  本件懲戒処分の存在被告(本件懲戒処分当時の名称は、長野郵政局長で、のち現名称である信越郵政局長に変更された。)は、昭和四三年七月一〇日付をもつて、原告に対し別紙〈省略〉記載の処分の理由をもつて減給三か月間俸給月額一〇分の一の懲戒処分(以下、本件処分という。)をした。

3  審査請求の存在

これに対し、原告は昭和四三年七月二二日人事院に対し審査請求をしたが、いまだに人事院の裁決がなされていない。

4  結論

本件処分は、違法であるから取消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が集配課職場委員長の地位にあつたことは不知、その余は認める。

2  同2、3は認める。

3  同4は争う。

三  抗弁

原告に対する本件処分の理由は次のとおりである。

1  昭和四三年四月一日関係

原告は、同日午前九時ころ行なわれた松本局職員早川澄人(以下、早川という。)、横山嘉隆(以下、横山(嘉)という。)、赤羽輝彦、横山勲、松田寿蔵(以下、松田という。)、堀内芳行(以下、堀内という。)の局内配置換(以下、本件配置換という。)について、勤務時間中であつたにもかかわらず、同局集配課事務室において、

(一) 午前九時二三分ころ、集配課主事席の近くに立つて同課の担務指定表を見ていた同局集配課長石井豊吉(以下、石井集配課長という。)につめより、「今回の人事についてどう思う。」などとなじるような口調で抗議し、

(二) 午前九時二五分ころから同九時三〇分ころまでの間、同課職員約二〇名とともにその前面に立つて、石井集配課長および同局庶務課長和田正一(以下、和田庶務課長という。)の再三にわたる就労命令を無視して、同局長関口五郎(以下関口局長という。)の命により局内巡視のため同課事務室に来ていた和田庶務課長に対し、「庶務課長が他課へ来て何を言うのだ。」、「仕事、仕事となんだ。」、「こんな状態で仕事ができるか。」、「われわれには集配課長がいる。よその課長が何をいう。」、「帰れ、この野郎。」などと激しく大声で暴言を浴びせ、執拗に集団抗議を行ない、

(三) 午前九時三〇分ころから同九時四二分ころまでの間、同課職員一〇数名とともに、関口局長および石井集配課長の再三にわたる就労命令を無視して、局内巡視のため同課事務室に来ていた同局長に対し、「この人事を局長はどう思つているか。」などと語気を強めて激しく抗議し、

(四) この間午前九時二五分ころから同九時四二分ころまでの一七分間勤務を欠いた。

2  昭和四三年四月四日関係

原告は、同日勤務時間中にもかかわらず松本局集配課事務室において、

(一) 午後一時一三分ころから同一時一六分ころまでの間、同局集配課副課長石川長司(以下、石川副課長という。)に対し、石川副課長が内川隆人課長代理(以下、内川課長代理という。)に命じて市内通常配達区(以下、市内通配区という。)の道順組立棚から大口利用者あての郵便物を、配達の混雑を緩和するため昼の休憩時間中に抜き出させたことについて、「当務者に無断で郵便に手を触れるのはおかしい。」「そういうことなら、毎日大は全部フアイバーに納めて課長席へ持つて行く。」などとつめよりながら抗議し、加えて抗議をやめて仕事をするよう命じた石井集配課長に対し、その就労命令を無視して道順組立棚からフアイバーに郵便物を入れる真似をしながら空のフアイバーを持ち上げ、これを同課長の右大腿部付近にぐつと押し付けるという暴行を行つた。

この間午後一時一三分ころから同一時一六分ころまでの三分間勤務を欠いた。

ちなみに、石川副課長が内川課長代理に指示して大口利用者あての郵便物を抜き出させたのは、石川副課長が同日午後〇時四〇分ころ市内通配区各区の道順組立棚を点検したところ、一号便の持戻り郵便物等が相当多く、労働基準法三六条に基づく時間外労働に関する協定も締結されていないところから、二号便の完配は困難と判断し、郵便物配送の円滑化を図るために大口利用者あて郵便物約八〇〇通を午後〇時五五分ころまでの間に抜き出して集めさせたものであり、その旨は午後一時過ぎころ石川副課長から職員に周知されていたものである。

(二) 午後一時一八分ころ、自席で前記(一)掲記の事実をメモしはじめた石井集配課長に対し、突然「時間休をとる。」と言つて年次有給休暇(以下、年休という。)請求書を同課長に提出し、同課長が業務に支障があると判断して原告請求時間の年休は承認できない旨原告に伝えたところ、原告はいきなり同課長が机上のゴム板の下にはさんでおいた右メモ用紙五、六枚を取り上げ、同課長が返すよう要求したにもかかわらず書きかけのメモ用紙一枚を左手で握りつぶし、他の白紙のメモ用紙のみを同課長の机上に返し、該メモ用紙一枚を持ち去つて返還しなかつた。

3  処分根拠法令

(一) 前記1(一)、2(二)の行為、1(二)のうち「激しく大声で暴言を浴びせ、執拗に集団抗議を行なつた行為」、1(三)のうち、「語気を強めて激しく抗議した行為」、2(一)のうち、「つめよりながら抗議した行為」、「空のフアイバーを持上げ課長の大腿部付近にぐつと押し付けた行為」は、国家公務員法(以下、国公法という。)九九条前段・後段に違反し、同法八二条一号前段、三号に該当する。

(二) 前記1(二)、(三)のうち、「再三にわたる就労命令を無視した

訟務月報二二巻一三号

二九四六( 二八)

行為」、2(一)のうち、「就労命令を無視した行為」は、同法九八条一項後段に違反し、同法八二条一号、二号の各前段、三号に該当する。

(三) 前記1(四)の「一七分間の欠務行為」、2(一)のうち、「三分間の欠務行為」は、同法一〇一条一項前段に違反し、同法八二条一号、二号の各前段、三号に該当する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1冒頭の事実中の昭和四三年四月一日午前九時ころ本件配置換が行なわれたこと、同午前九時二三分以降同九時四二分に至るまでの時間も原告の勤務時間であり、その間原告が集配課事務室内にいたことは認める。

2  同1(一)のうち、午前九時二三分ころ、原告が集配課主事席付近において石井集配課長に対し「今回の人事についてどう思う。」と尋ねたことは認め、その余は否認する。

原告は、同課長に対し、早川の本件配置換の理由を尋ねただけであり、なじるような発言をしたこともなければ、また抗議もしていない。当日午前中は、集配課の職員は同課長に対しては何ら抗議を行なわず、質問および職場交渉が行なわれたに過ぎない。また原告はこの時、抗議が過熱することを恐れ、職場委員長の立場から、むしろこれを制止しようとしていたものである。

3  同1(二)は否認する。

和田庶務課長が集配課事務室に入つてくると、早川は真先に同課長のところに行き、本件配置換の理由を問い質しはじめ、他の者も同課長が入つて来たのを知ると、次女と同課長の回りに集まり、それぞれその理由を問い質した。そこで原告もその場に赴き、これらの者の仲間入りをし、同課長と約一メートル位の間を置き、ちようど半円形を描くようにして同課長の回りに立つた。その際特に誰かが中心になつて同課長を取り囲んでいたとか、特に一部の者が同課長に特別接近していたということはなかつたのである。早川の本件配置換について最も多く発言したのは早川自身であり、原告は早川らが抗議する中で、これ以上騒ぎが大きくなつてはいけないと考え、同課長に対し、「我々には、石井課長がいるんだから、この場から立ち去つてもらいたい。」と述べたに過ぎない。

4  同1(三)は否認する。

集配課事務室に関口局長が現われたため、和田庶務課長の囲りに集まつていた者は全員関口局長の囲りに集まり、今度は同局長に対し、本件配置換の理由を問いはじめた。そして同局長の囲りには原告らが同局長と約一メートル間を置くようにして半円形を描いて集まり、この時も早川が最も多くかつ強く発言しているのである。また原告が同局長に近寄つたのは、和田庶務課長の場合と同じく、関口局長と組合員との無用な紛争を防止するためであり、いわんや原告が、被告が強調するような語気を強めた激しい発言をしたことなどは一切ない。

5  同1(四)は勤務を欠いたことは認め、その時間については争う。

6  同2冒頭の事実は、昭和四三年四月四日午後一時一三分ころ以降同一時一六分に至るまでの間が原告の勤務時間であり、その間、原告が集配課事務室にいたことは認めるが、その余は否認する。

7  同2(一)前段のうち、石川副課長が内川課長代理に命じて市内通配区の道順組立棚から大口利用者あての郵便物を、昼の休憩時間中に抜き出させたこと、原告が石川副課長に対し「当務者に無断で郵便に手をつけるのはおかしい。」と申し述べたことは認め、その余は否認する。

原告は、普通の状態で右申し入れをしたに過ぎず、同副課長に抗議したという事実はない。原告と同副課長のやりとりの間に、原告はその時点ですべき道順組立作業は終了していたが、そのころ、石井集配課長が原告のそばに寄つて来たのである。そこで原告は、同課長に対しても「大口を一方的に抜き取るのはやめて欲しい。」旨申し入れをしたが、同課長はこれに受け答えすることなく、ただ仕事をしろというだけであつたので、原告は同課長に対し、冗談のつもりで、「それでは以後我々が自主的に大口を抜く、これも大口だから持つて行つてもらいたい。」と言いながら、そばにあつた空のフアイバーを持ち上げて、そこに大口が入つているかのようなジエスチヤーをしたのである。従つて、原告は同課長に対し暴行を加えるなどという意思は毛頭なく、またフアイバーを同課長に対し押し付けるということもなければ、事実フアイバーが、同課長に接触したこともない。

8  同2(一)中段は認める。但し、同日午後一時一五分から約一〇分間は原告の手空き時間であつた。

9  同2(一)後段(ちなみに以下の部分)は否認する。

10  同2(二)のうち、原告が午後一時一八分ころ石井集配課長に対し、時間休をとりたいとして年休請求書を提出したこと、同課長が休暇を承認しないと原告に伝えたこと、原告が同課長の机上にある卓上日記の用紙一枚を手に取つたことは認め、その余は否認する。

原告は大口郵便物の抜き取りについて、同課長と話をすべく同課長の席に行つたところ、両課長は話し合いに応ぜず、ただ仕事をしなさいというだけであつたので、原告は年休をとつて同課長と話し合いをしようと考え、同課長に対し年休請求用紙を差し出し、同課長に対し、「時間休をくれ。」と話しかけた。このとき同課長の机上の卓上日記の一番上の用紙に「安斉」という名が原告の目にとまつたので、原告はそこに何が書いてあるのかと思い、その一枚を左手でつかみ卓上日記を手許に引き寄せたところ、その一枚が破れ、結果的に原告がその一枚を取つたことになつてしまつたに過ぎない。また右用紙の記載内容はまさに同課長のメモ程度であり、特別業務上の秘密事項であるとか、あるいはそのメモは紛失によつて業務が著しく阻害されるようなものではなかつた。

11  同8は争う。

五  原告の主張〈省略〉

六  原告の主張に対する被告の反論〈省略〉

第三証拠〈省略〉

理由

第一原告の地位

原告が昭和四三年当時松本局集配課に勤務し、全逓長野地区中信支部松本分会の組合員であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、原告が昭和四三年四月当時集配課職場委員長の地位にあつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

第二本件処分の存在

被告が本件処分をしたことは当事者間に争いがない。

第三審査請求の存在

原告が昭和四三年七月二二日人事院に対し審査請求をしたが、いまだに人事院の裁決がなされていないことは当事者間に争いがない。

第四本件処分の適法性

一  処分理由の有無

1  昭和四三年四月一日関係

昭和四三年四月一日午前九時ころ本件配置換が行なわれたこと、同日午前九時二三分以降同九時四二分に至るまでの時間が原告の勤務時間であり、その間原告が集配課事務室内にいたこと、原告が一定時間欠務したこと、午前九時二三分ころ、原告が集配課主事席付近において石井集配課長に対し、「今回の人事についてどう思う。」と尋ねたことは当事者間に争いがなく、右事実に加えて〈証拠省略〉を総合すると、つぎのとおり認めることができる。

原告は、昭和四三年四月一日午前九時ころ行なわれた本件配置換について、勤務時間中であつたにもかかわらず、同局集配課事務室において、

(一) 午前九時二三分ころ、集配課主事席の近くにいたつて同課の担務指定表を見ていた石井集配課長につめより、「今回の人事についてどう思う。」などとなじるような口調で抗議し、

(二) 午前九時二五分ころから同九時三〇分ころまでの間、同課職員約二〇名とともにその前面に立つて、石井集配課長および和田庶務課長の再三にわたる就労命令を無視して、関口局長の命により局内巡視のため同課事務室に来ていた和田庶務課長に対し、「庶務課長が他課へ来て何をいうのだ。」、「仕事、仕事となんだ。」、こんな状態で仕事ができるか。」、「われわれには集配課長がいる。よその課長が何を言う。」、「帰れ、この野郎。」などと激しく大声で暴言を浴びせ、執拗に集団抗議を行ない、

(三) 午前九時三〇分ころから同九時四二分ころまでの間、同課職員一〇数名とともに、関口局長および石井集配課長の再三にわたる就労命令を無視して、局内巡視のため同課事務室に来ていた同局長に対し、「局長、今回の人事をどう思うんだ。」などと語気を強めて激しく抗議し、

(四) この間午前九時二五分ころから同九時四二分ころまでの一七分間勤務を欠いた。

以上のとおり認められ、〈証拠省略〉中右認定に沿わない部分は採用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない(なお〈証拠省略〉中には、石井集配課長は原告の右(一)の行為を抗議ととらえないとの部分もうかがわれるけれども、右各証拠全体を子細に検討すれば、石井集配課長は原告の右(一)の行為を全体としてやはり抗議とみていたと解することができる。)。

2  昭和四三年四月四日関係

昭和四三年四月四日午後一時一三分ころ以降同一時一六分に至るまでの間が原告の勤務時間であり、その間、原告が集配課事務室にいたこと、石川副課長が内川課長代理に対して市内通配区の道順組立棚から大口利用者あての郵便物を昼の休憩時間中に抜き出させたこと、原告が石川副課長に対し「当務者に無断で郵便に手をつけるのはおかしい。」と申し述べたこと、原告が昭和四三年四月四日午後一時一三分ころから同一時一六分ころまでの三分間勤務を欠いたこと、原告が午後一時一八分ころ石井集配課長に対し、時間休をとりたいとして年休請求書を提出したこと、同課長が休暇を承認しないと原告に伝えたこと、原告が同課長の机上にある用紙一枚を手にとつたことは当事者間に争いがなく、右事実に加えて、〈証拠省略〉を総合すると、次のとおり認めることができる。

原告は、昭和四三年四月四日、勤務時間中であるにもかかわらず、松本局集配課事務室において、

(一) 午後一時一三分ころから同一時一六分ころまでの間、同局集配課石川副課長に対し、同人が内川課長代理に命じて市内通配区の道順組立棚から大口利用者あての郵便物を、配達の混雑を緩和するため昼の休憩時間中に抜き出させたことについて、 「当務者に無断で郵便に手をつけるのはおかしい。」「そういうことなら、毎日大口は全部フアイバーに納めて課長席へ持つて行く。」などとつめよりながら抗議し、加えて抗議をやめて仕事をするように命じた石井集配課長に対し、その就労命令を無視して道順組立棚からフアイバーに郵便物を入れる真似をしながら空のフアイバーを持ち上げ、これを同課長の右大腿部付近にぐつと押し付けるという暴行を行なつた。この間午後一時一三分ころから同一時一六分ころまでの三分間勤務を欠いた。

(二) 午後一時一八分ころ、自席で、前記(一)掲記の事実をメモしはじめた石井集配課長に対し、突然「これから時間休をとる。」と言つて年休請求書を同課長に提出した際、同課長が右メモ用紙を机上のゴム板の上にかくすようにしてはさみ、そして、原告の右年休は業務に支障があると判断して原告請求にかかる時間の年休では承認できない旨原告に伝えたところ、原告はいきなり右メモ用紙五、六枚を右ゴム板の下から取り上げ、同課長が返すよう要求したにもかかわらず、書きかけのメモ用紙一枚を左手でまるめて握りつぶし、他の白紙のメモ用紙のみを同課長の机上に返し、該メモ用紙一枚を持ち去つて返還しなかつた。

以上のとおり認められる。ところで〈証拠省略〉によれば、原告はフアイバーを冗談のつもりで手にしたに過ぎない旨の供述部分があるけれども、〈証拠省略〉によれば、原告がフアイバーを石井集配課長に対し押し付けた際、同課長は「現認しておく。」旨述べていることなどの状況からして、右時点における原告の石井集配課長に対する右行為を冗談でしたものとみることはできないから〈証拠省略〉は措信しがたい。その他〈証拠省略〉中、右認定に沿わない部分は採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお原告は同日午後一時一五分から約一〇分間は原告の手空き時間であつた旨主張するが、手空き時間といえども勤務時間中であつて、所属長の許可、承認なしには、次の業務に対する待機以外の目的にこれを使用しえないことはいうまでもなく、のみならず〈証拠省略〉によると、当日は一号便の持戻り郵便物が多く、二号便の結束をせずに午後の配達をせざるを得ない状態であつて、そもそも手空き時間の生ずる余地がなかつたことがうかがわれ、そして〈証拠省略〉によれば、現に原告は作業の手を休めて石川副課長に対して、本件抗議を行なつたものと考えられるのであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告はメモ用紙を取り上げた行為が石井集配課長の業務を阻害するほどのものでないと主張するが、前記(二)の認定事実から考えると、右主張は支持できない。

3  ところで、原告は石井集配課長に対するフアイバーの押し付け行為は処分理由説明書に記載がないから、この事実を処分理由として本訴において追加することはできない旨主張するので、判断する。

国公法八九条は「職員に対し、その意に反して、降給し、降任し、休職し、免職し、その他これに対しいちじるしく不利益な処分を行ない、又は懲戒処分を行なおうとするときは、その処分を行う者は、その職員に対し、その処分の際、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」(一項)と規定するとともに、その意に反していちじるしく不利益な処分を受けたとする職員に対し、その説明書の交付請求権を保障している(二項)。右規定の趣旨は、不利益処分の適正、公平を期するとともに、右処分を受けた職員に対して処分理由を知らしめ、人事院に対し不服申立をなすか否かの判断資料にさせて不服申立の機会を付与し、もつて職員の身分を保障しようとするところにあると考えられる。

右法条の趣旨に照らすと、懲戒権者が懲戒処分を行なうにあたつては、その処分理由説明書には、国公法八二条各号に該当する具体的事実をできる限り特定、明示して記載することが要求され、処分理由説明書記載の具体的事実と同一性のない別個の事実については、その後取消訴訟において追加主張することはできないものというべきである。

そこで本件についてみると、前認定のごとく、石井集配課長に対するフアイバーの押し付け行為、石川副課長に対する抗議、石井集配課長からメモをとりあげた行為は、いずれも時間的に極めて密接し、場所もほぼ同一であり、相互に関連しているのであるから、石井集配課長に対するフアイバーの押し付け行為は処分理由説明書の具体的事実と同一性があるというべきである。そうだとすれば、被告は、本訴において処分理由として石井集配課長に対するフアイバーの押し付け行為を追加して主張することが許されると解するのが相当であるから、原告の主張は理由がない。

二  非違行為該当性

1  右一の認定事実によれば、処分理由1(一)、2(二)の各行為、1(二)のうち「和田庶務課長に対し、激しく大声で暴言を浴びせ、執拗に集団抗議を行なつた行為」、1(三)のうち、「関口局長に対し、語気を強めて激しく抗議した行為」、2(一)のうち、「石川副課長に対し、つめよりながら抗議した行為」、「空のフアイバーを持ち上げ石井集配課長の大腿部付近にぐつと押し付けた行為」は国公法九九条前段、後段に違反し、同法八二条一号前段、三号に該当し、1(二)、(三)のうち「再三にわたる就労命令を無視した行為」、2(一)のうち、「就労命令を無視した行為」は、同法九八条一項後段に違反し、同法八二条一号、二号の各前段、三号に該当し、1(四)の「一七分間の欠務行為」、2(一)のうち「三分間の欠務行為」は、同法一〇一条一項前段に違反し、同法八二条一号、二号の各前段、三号に該当するものと解すべきである。

2  ところで原告は前記一の各行為について、次のとおりその非違行為性を争うので、判断する。

(一) 原告は、昭和四三年四月一日関係の行為は、いずれも管理者側の不当労働行為に対する抗議であつて、社会的に相当な行為または正当な組合活動の範囲内の行為であるから違法性がない旨、また管理者側の挑発的態度こそがむしろ責められるべきであるから、右各行為は処分の対象とされるべきでない旨主張する。

そこで検討するに、〈証拠省略〉によれば、原告の右抗議は、早川の配置換に対するものであることが認められるので、原告の抗議の動機、目的としては専ら早川の配置換との関係において考慮すれば足りるものである。

ところで〈証拠省略〉および弁論の全趣旨を総合すれば、関口局長は昭和四二年松本局に着任以来終始組合対策に力を入れ、全逓松本支部にとつて不当労働行為と受けとられる数女の行為をなし、組合側からの少なからぬ反発をかつていたことがうかがわれる。

右のような状況のもとで、原告は早川の配置換に接したものであるが、〈証拠省略〉によれば、原告は早川の配置換を知り、この繁忙時にベテランを配置換することはおかしい、また早川は集配課における組合活動の中心的指導者であつて、集配課職員の信望も厚く、かつ他課への転出を望んでいなかつたことからして、右配置換が組合の弱体化を意図した不当労働行為ではないかと考え、他の組合員とともに抗議したものであることが認められる。そうだとすれば、原告の右抗議は、組合員として組合または組合員の利益を守るための活動であるから、組合の機関決定ないし、その承認のもとの行為でなかつたとしても、組合活動ということができ、かつ前示のような当時の労使間の状況に照らせば、原告が右配置換を不当労働行為ととらえたのも無理からぬところというべきであり、また〈証拠省略〉を総合すれば、原告ら集配課職員らが、早川の配置換を知りながらも、ほぼ平静に勤務についていたところへ、和田庶務課長、関口局長が、不穏な動きを予想して集配課に入つて来たため、混乱が生じたという側面も見逃すことはできない。

しかしながら、以上の諸事情が存する場合には、管理者の不当な措置に対して勤務時間中に抗議をすることが禁止されるべきでないとしても、前記一1のごとく、原告の行なつた抗議の方法、態様は再三の就労命令を無視した執拗なものであつて、かつ、その言動も激しいものであり、職場秩序を乱すことが少なくなかつたというべきであるから原告の右抗議は、社会的に相当な行為であると評価することはできず、また正当な組合活動の範囲内にとどまるものと解することもできない。従つて、処分の対象とされることはいうまでもない。

(二) 原告は、大口郵便物を担当者に無断で抜き取ることは、職場慣行に違反し、当時組合が実施していた業務規制斗争に対する挑戦であり、かつ担当者に余計な不安をいだかしめるものであるから不当であり、原告の昭和四三年四月四日関係の行為は、これらに対して抗議したものであつて、社会的に相当な行為または正当な組合活動の範囲内の行為である旨主張する。以下これについて検討する。

(1) 石川副課長が内川課長代理をして、事前に管理者から集配課職員に対して連絡することなく、昼の休憩時間中に担当者の組立棚から大口郵便物を抜き出させたことは当事者間に争いがない。

そして、〈証拠省略〉によれば、本件でいわゆる大口郵便物とは、官公署などに配達される本来の大口郵便物ではなく、各担当者の判断で区分けした商店などの大口郵便物であり、組立棚のどの位置に組立てるかも区々であり、かつ大口郵便物だけ別個に組立てる者もあれば、通常の家庭に配達される郵便物と一緒に組立てる者もある関係で、万一無断で抜き取られた場合には、道順が不合理となることと配達の際に盗難や紛失と思い誤るおそれもあることから、大口郵便物の抜き取りの回数は少なかつたけれども、従来は一応事前に管理者から一般職員に対して連絡されていたことが認められ、これに反する〈証拠省略〉は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、かような事実が若干あつたからといつて、昼の休憩時間中などに、突然業務上の必要から大口郵便物を抜き取る場合には、あらかじめ管理者と一般職員との間で話し合いをすることが職場慣行として確立されていたとする証拠はいまだ存しない。なお朝の大口郵便物の抜き取りの際には、慣行として事前に話し合いが行なわれていたことは、〈証拠省略〉により認めることができるけれども、これをもつて、原告主張のような職場慣行が確立されているとみることもできない。

ところで本件においては、〈証拠省略〉を総合すれば、当日午後一時から集配課休憩室において集配課職員に対し石井集配課長より当日は二号便を結束しない旨の通知があつた後、さらに石川副課長から当日の昼の休憩時間中に大口郵便物の一部を抜き取つた旨を二回大声で(二号便を結束しないことにつき一般職員の不満があつて、休憩室が騒然としたため)周知したことが認められ、〈証拠省略〉中右に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そしてさらに、〈証拠省略〉を総合すれば、大口の個数は各担当者においてそれほど多くなく、一号便郵便物を持ち戻つて組立棚に戻す際、各担当者は、どの大口郵便物が未配達であるかについてはかなり明確に認識しており、大口郵便物の一部が抜き取つてあるとの告知があれば、自己の組立棚から抜き取られているか否かについては、容易に了知しうることが認められ、〈証拠省略〉中これに反する部分は措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

そうだとすれば、担当者にとつては前認定のような不都合は生じないというべきであり、なお、全証拠によつても、当時原告以外の一般職員が大口郵便物の抜き取りについてこれといつた不満の意思を表明したことは認められない。

2  次に〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、昭和四三年四月四日当時、同月一日に行なわれた本件配置換に対して、労働基準法三六条に基づく時間外労働に関する協定(以下三六協定という。)拒否の斗争とあわせて業務規制斗争を行なつていたことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。しかしながら、〈証拠省略〉を総合すれば、石川副課長が昭和四三年四月四日午後〇時四〇分ころ、市内通配区各区の道順組立棚を点検したところ、一号便の持ち戻り郵便物が相当量あり、しかも当時三六協定も締結されていないところから、二号便の完配が困難であると判断し、郵便物の完配に近づけるために内川課長代理をして大口郵便物約八〇〇通を午後〇時五五分ころまでの間に抜き出して集めさせ、その後石井集配課長に報告したものであり、しかも、事後にせよ、前記(1)で認定したように、その旨の周知をしているものであるから、石川副課長のとつた措置が、ことさらに組合の業務規制斗争を意識し、これに挑戦してなされたものであつたということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(3) なお、原告の当日の行為のうち、石井集配課長の机上からメモ用紙をとり上げた行為の動機、目的に関連して、原告は年休の請求の目的は、大口郵便物の抜き取りの問題について、同課長とさらに話し合うためであつた旨供述する。しかしながら、〈証拠省略〉によれば、原告の年休の請求は突然であつて、補充要員を確保することも困難であつたから、業務に支障が生ずるものとして承認されえない状況にあり、かつ、原告自身は年休の請求が承認されえないことを十分予想しえたものであることが認められ、原告本人尋問の結果中これに反する供述部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はなく、しかも、原告は、年休を請求する直前に、前記一2(一)のごとく、石井集配課長に対してフアイバーを押し付けるという暴力を伴なつた行為をしているのであるから、果たして原告が石井集配課長と大口郵便物の抜き取りの問題についてさらに話し合う意図から年休を請求しようとしたものであるのか、はなはだ疑わしいといわなければならない。

そうだとすれば、原告の年休の請求は理解に苦しむところであるので、原告が石井集配課長の机上からメモ用紙を取り上げた行為は、原告の主張する動機、目的とは無関係であると解さなければならず、むしろ原告は前記一2(二)にみられるように、単純に石井集配課長のなした不承認の措置に対する反発ないしはらいせとして右行為を行なつたものとみるべきであり、右行為の動機、目的には正当な理由がないものといわなければならない。

(4) 以上によれば、原告の抗議の動機、目的とするところは、そもそもその正当な理由を欠くのみならず、前記一2のごとく、その方法、態様は就労命令を無視した執拗なものであり、とくにフアイバーの押し付け行為、メモ用紙を取り上げた行為に至つては、有形力の行使を伴うものであつて、職場秩序を乱すこと甚だしいものというべきであり、原告の抗議はとうてい社会的に相当な行為かつ正当な組合活動の範囲内の行為ということもできないから、原告の主張は認めることができない。

三  懲戒権の濫用、裁量の逸脱

原告は、原告の僅かな欠務あるいは語調の強い発言等をもつて原告を処分することは懲戒権の濫用であり、また本件処分が、原告の違反行為に対して重すぎるから、本件処分は裁量を誤つたものである旨主張する。

なるほど、欠務時間は、それほど多くないかもしれないが、本件処分においては欠務行為に対する責任のみを問うているものではなく、欠務行為とともに、その間に行なわれた様々の行為に対する責任をも問うているものであり、また、本件行為の方法、態様も、フアイバーの押し付け行為、メモ用紙を取り上げた行為など悪質なものをも含んでいて許容すべからざるものであるから、これらの行為を理由に本件処分をしたからといつて、これが懲戒権の濫用に当るものとすることはできず、かつ、本件行為の動機、目的、方法、態様、その他の諸事情を考慮すれば、本件処分が原告の非違行為に対して重すぎるということはできず、いまだ裁量の範囲内にあるものと思料される。よつて、原告の主張はこれを裏付ける事実関係を認めるに足りる証拠がないから、右主張は理由がない。

四  不当労働行為

原告は、被告が原告の組合活動を嫌悪し、かつそのことを唯一または主たる動機として本件処分に及んだものであり、本件処分は不当労働行為である旨主張する。

なるほど原告の地位が前記第一のとおりであり、証人早川の証言によれば、原告は当時集配課における中心的な組合活動家の一人であつたことがうかがわれるけれども、本件処分は、前記一の国公法八二条各号該当の行為を理由としてなされたものであり、右行為が正当な組合活動ということができず、また処分の量定も相当であることは、いずれもすでに説示したとおりであつて、他に本件処分が、原告の組合活動を嫌悪し、かつそのことを唯一または主たる動機としてなされたものであることを認めるに足りる証拠はない。従つて、本件処分が不当労働行為であるとする原告の主張は採用できない。

第五結論

以上のとおりであるから、被告が原告に対してなした本件処分は適法であつて、これには原告主張のような違法が存しないから、その取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川名秀雄 山下和明 川島利夫)

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